世界一優しい兄貴のあわただしい1日

 

朝、通勤途中、親父からの着信。

 

『けいがな、昨日救急車で緊急救命センターに運ばれて、今まで手術してたんよ。6時間もかかったけど、無事に手術が終わった』

 

『、、、、え!?、、、』

 

けい君とは僕の兄貴のことだ。

僕は男4人兄弟の末っ子で、けい君は3男であり僕が働く会社の上司でもある。

 

昨夜の11時頃に、自宅で酔っぱらっていたのか?

床にこぼれた水に滑って転び、その勢いのままガラス窓に左手を突っ込んでしまい左腕を割れたガラスで酷く損傷したらしい。

 

左腕の3分の2を切断してしまい、出血多量で生命も危なかった。

 

『左腕は元に戻るの?』

 

親父『五分五分みたい、、』

 

左腕を3分の2も切断してしまったのだ。

動脈、静脈、神経、靭帯も酷く損傷しており、それを繋ぎあわせるのに6時間も手術をした。

 

『分かった』

 

昨日の深夜から寝ずに手術に付き合った親父はそのまま会社に向かうとのこと。

僕も整理しきれない頭で仕事場に向かう。

 

けい君は、2歳の娘と5歳の息子を持つ、働きざかりの一家の大黒柱である。

もちろん、僕の働く会社のおいても立派な柱である。

 

そうか、、左手はどうなるか分からないのか、、、。

 

パン職人である兄。

職人にとって手は大事なのはもちろんだが、まだまだ幼き手のかかる子供を育てていかなければならない。

 

その兄の心境を想うと、仕事にも身が入らなかった。

何とか終業時間まで必死に平静を装っていたが、帰宅のタイムカードを押すと同時に心の限界がやってきた。

 

悲しいのか?ふがいないのか?

言い表せない感情が両目からこぼれてくる。

 

僕は、自信満々で兄が大好きと答えられる。

僕が兄貴の悪口を言ってもいいが、他の奴が言うのは許さない。

それはきっと兄も同じで、

俺が弟をイジめるのはいいが、他の奴がイジめたらただじゃおかない!

そんな想いが互いにある。

 

兄のいる緊急センターに向かう電車の中、涙が止まらない。

命は無事なのだ。心配することはない。

それでも、かき立てられる不安。

一目顔を見れば安心するだろう。

 

けい君は優しい。

 

僕が引きこもっていた時に、

『お前!引きこもってたらエロ本も買いにいけんやろ!?俺が買ってきてやろうか!?』

と、そんなアホ優しい愛する兄貴だ。

 

誰よりも優しくて不器用で繊細なのだ。

 

病院に着く。

こんなしみったれた顔ではいけない。

 

慣れない病院の中、兄のいる部屋を探しながら、気持ちを落ち着けていく。

 

部屋の前、扉は開いている。

気持ちも顔も無理矢理落ち着かせた。

 

部屋に入る。

身体中をチューブに繋がれた兄が寝ていた。

 

無理矢理元に戻していたはずの僕の顔を涙が歪めていく。

 

こんなに大変だったんだ。

生きていて良かったという想い。そして、本当に危なかったのだという不安。

そのすべてが一気に心を駆けていく。

 

兄の横には、親父と共に昨日から一睡もせずに看病し続けた兄の奥さんが泣いている。

 

兄の嫁『りょうちゃん、、、。』

 

『、、、うん、、、。』

 

どう言ったらいい分からない。

必死に涙が出るの抑えようとするが、止まらない。

 

そのやり取りで目を覚ましたのか?

術後疲れきった兄がその重たそうな目を開けながら、ちらっと僕をみる。

 

『りょう、、、すまんな、、、。』

 

『別に、、、大丈夫よ、、、』

 

僕が大丈夫なのは、当たり前だ。

兄貴はアホ優しいので、自分がこんな一大事になっているのにも関わらずに僕の方を心配してくれる。心配かけてすまん、迷惑かけてすまん。と。

 

緊急センターに向かう救急車の中、どんどん血が失われて顔が冷たく真っ青になりながらも、明日からの仕事の引き継ぎや月末に必要な書類のこと、

「◯◯さんに迷惑かけるから一言電話しておいて」と自分の身を心配する奥さんに指示していたそうだ。

 

『生きてて、、良かったね、、』

 

『ああ、マジ死ぬかと思ったよ、』

 

『、、、、、、。』

 

『りょう、ありがとな、、』

 

『別に、いいよ、、。』

 

兄は昨日から一睡もせずにに看病していた奥さんを送っていって欲しいと、僕は病院を後にした。

 

いろんな想いがこみ上げてくる。

整理なんか追いつかない。

 

ただ、

しっかりと生きねば。

 

大事なのはこれからだ。

 

次回に続く

 

To be continued 

 

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